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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6851号 判決 1965年11月10日

原告 保坂陽一

被告 合資会社川手商店 外一名

主文

1.被告合資会社川手商店は原告に対し金一、二二〇、〇〇〇円および内金一、〇七〇、〇〇〇円に対する昭和三七年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2.原告の被告合資会社川手商店に対するその余の請求および被告川手政諒に対する請求はいずれもこれを棄却する。

3.原告と被告川手政諒との間に生じた訴訟費用は全部原告の負担とし、原告と被告合資会社川手商店との間に生じた訴訟費用はこれを八分し、その一を被告合資会社川手商店の負担とし、その余を原告の負担とする。

4.この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは各自原告に対し金九、六三〇、〇〇〇円および内金八、四五〇、〇〇〇円に対する昭和三七年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因および抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

(請求の原因)

一、昭和三六年四月二日午後〇時三〇分頃、埼玉県秩父郡野上町大字野上下郷一、三九五番地先路上において、訴外川手邦夫の運転する自家用小型貨物自動車(プリンスライトバン、登録番号四ゆ四、七〇六、以下「被告車」という)と訴外保坂育男、同和宏の兄弟が接触し、よつて、同人らはいずれも頭蓋内出血等の傷害を負い育男は同日午後二時に、和宏は同日午後〇時四〇分に夫々死亡した。

二、被告合資会社川手商店(以下「被告会社」という)および被告川手政諒(以下「被告政諒」という)はいずれも次に述べるような理由により被告車の運行供用者として、自賠法第三条本文の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。すなわち、本件事故当時、訴外邦夫は被告会社の被用者であり、被告車は被告会社の所有にかかるもので、事故当時邦夫はこれを被告会社のため運転していた。被告政諒は被告会社の唯一の無限責任社員であり、最高の地位において被告会社の人事を行なつていたほか、会社収益の大口帰属者でもあつた。

三、本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  訴外育男の得べかりし利益の喪失による損害

訴外育男は昭和一三年一二月一四日生れの健康な男子であつて、昭和三三年三月東京工業高等学校を卒業し、以後原告の経営する保陽堂医療器株式会社の従業員として稼働していたものであり、本件事故によつて死亡しなければ、なお四六年間生存でき(第一〇回生命表による)、そのうち三七年間は前記会社で稼働し、収益をあげ得た筈であるから、同人は本件事故により別紙<省略>第一表のとおりの得べかりし利益の喪失による損害を蒙つたことになる。詳しく述べれば次のとおりである。

(1)  収入

昭和三七年度は月額一四、〇〇〇円、昭和三八年度は月額一八、〇〇〇円、昭和三九年度は月額二〇、〇〇〇円、昭和四〇年から同六七年までは毎年一、〇〇〇円を前年度の月額に加えた額、昭和六八年から昭和七三年までは昭和六七年度の月額の八割に相当する額の給与と毎年七月と一二月に給与月額の各一ケ月分に相当する額の賞与を得られる筈であつた。

(2)  生活費

訴外育男の生活費は収入月額(七月と一二月は賞与と合算した合計額となる)が六〇、〇〇〇円未満のときは一三、〇〇〇円、六〇、〇〇〇円以上七〇、〇〇〇円未満のときは一四、〇〇〇円、七〇、〇〇〇円以上八〇、〇〇〇円未満のときは一五、〇〇〇円、八〇、〇〇〇円以上九〇、〇〇〇円未満のときは一六、〇〇〇円、九〇、〇〇〇円以上のときは一七、〇〇〇円である。

(3)  純益

(1) の収入から(2) の割合による生活費を控除した残額が得べかりし利益であるところ、各年度の夫々につきホフマン式計算方法により年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除しこれらを合算して昭和三六年一二月三一日現在の一時払額を求めると五、七四〇、〇〇〇円となる。

(二)  訴外和宏の得べかりし利益の喪失による損害

訴外和宏は昭和一九年三月六日生れの健康な男子で、本件事故のあつた日の六日後に渋谷区にある東京工業高等学校に入学する予定であつたものであり、本件事故によつて死亡しなければ、なお五一年間生存でき(第一〇回生命表による)、そのうち、昭和三九年三月右高等学校を卒業し、同年四月から昭和七九年三月まで四〇年間、東京都内の事業所に雇われて、稼働し、収益をあげ得た筈であるから、同人は本件事故により別紙第二表のとおりの得べかりし利益の喪失による損害を蒙つたことになる。詳しく述べれば次のとおりである。

(1)  収入

昭和三九年四月の給与月額一三、〇〇〇円、以後昭和七三年三月まで毎年四月に一、〇〇〇円づつ昇給、昭和七三年四月から昭和七九年三月までは昭和七三年三月の給与月額の八割に相当する額の給与と毎年七月と一二月に給与月額の各一ケ月分に相当する額(ただし昭和三九年七月には支給されないものとする。)の賞与が得られる筈であつた。

(2)  生活費

訴外和宏の生活費はその収入月額に応じ、訴外育男について述べたと同じ割合の額となる。なお、死亡の月から稼働開始直前の昭和三九年三月までは月額一三、〇〇〇円である。

(3)  純益

(1) の収入から(2) の割合による生活費を控除した残額が得べかりし利益であるところ、各年度の夫々につきホフマン式計算方法により年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除し、これらを合算して昭和三七年三月三一日現在の一時払額を求めると四、二五九、〇〇〇円となる。なお、右金額は、死亡のときから稼働開始までの三年間の生活費を年毎に算出し、その年度の生活費が前年度末日に支出されるものとして、前記基準日までの間利息を控除した額をも損益相殺として減額した残額である。`

(三)  訴外育男および訴外和宏の慰藉料

訴外育男および訴外和宏はいずれも若くして生命を失い、甚大な精神的苦痛を蒙つたものであり、その慰藉料は各一、五〇〇、〇〇〇円を下らない。

(四)  原告の慰藉料

原告(本件事故当時五三才)は訴外育男および訴外和宏の父であるが、家庭用医療器具等の卸売を業とする保陽堂医療器株式会社を経営し、長男進一、次男育男をして右会社業務に従事させていたほか、三男和宏も高校卒業後は家業を手伝わせる予定にしていたものであつて、その他に雇人を三名置いてはいたが、右のように親子協力して事業に従事できることを楽みにしていたところ、本件事故によつて一挙に次男、三男を失い、しかも長男進一は健康がすぐれない有様で、原告の蒙つた精神的苦痛は甚大であるから、これを償うべき慰藉料は、訴外育男の死亡につき金一、〇〇〇、〇〇〇円、訴外和宏の死亡につき金一、〇〇〇、〇〇〇円の合計金二、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(五)  葬儀費用

原告は、訴外育男および訴外和宏の葬儀費用として金一五二、一〇八円を支出し同額の損害を蒙つた。

(六)  減額

しかしながら、本件事故は、訴外育男および訴外和宏の次のような過失も一因となつて発生したものであり、その割合は四割と認めるのが相当であるから、前述の各損害につき右の割合による減額をすると、(一)は金三、四四〇、〇〇〇円(一万円未満切捨)(二)は金二、五五〇、〇〇〇円(一万円未満切捨)(三)は各九〇〇、〇〇〇円、(四)は金一、二〇〇、〇〇〇円、(五)は九〇、〇〇〇円(一万円未満切捨)となるから、その合計九、〇八〇、〇〇〇円が被告らの賠償すべき損害額となる。訴外育男らの過失は次のとおりである。すなわち、訴外育男らはオートバイ(以下「原告車」という)に二人乗りし、訴外育男が運転し後部に弟和宏が同乗して、秩父方面から寄居方面に向つて時速約三〇粁で進行し、本件事故現場附近にさしかかり 先行する箱型白色の雪印乳業株式会社の貨物自動車(以下「雪印車」という)を追越そうとして、速度を時速約四〇粁にして雪印車の右側に出たところ、対向してくる被告車を認めたので危険を感じ、雪印車の追越しを中止し、ブレーキをかけて、雪印車の後へ戻ろうとしたはずみに原告車が傾き、訴外育男と訴外和宏は被告車の進路上に転倒したものであるが、転倒のときの被告車との距離は六〇米以上もあり、被告車が適宜の措置をとれば、衝突は避けられる筈であつたが、訴外育男らはさらに道路右側端(東側)まで避けて被告車を避譲したにもかかわらず、被告車は停止せず、訴外育男および訴外和宏を突つかけて本件事故にいたつたものであり、前記のように訴外邦夫の進路上に転倒した点に訴外育男らにも過失はあるが、訴外邦夫の過失の方が大である。

(七)  相続

原告は訴外育男および訴外和宏の父として、(六)で述べた訴外育男および訴外和宏の損害賠償債権合計金七、七九〇、〇〇〇円を同訴外人らの死亡に基づく相続によつて取得した。

(八)  保険金の受領

原告は本件事故につき、自賠法による責任保険金として金六三〇、〇〇〇円の支払を受け、(七)の相続債権のうち、訴外育男および訴外和宏の各得べかりし利益の喪失による損害賠償債権に折半して充当したから、結局原告が取得し、被告らに請求できる損害賠償債権は金八、四五〇、〇〇〇円となる。

(九)  弁護士費用の損害

原告は昭和三八年八月二〇日、東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し(八)の金八、四五〇、〇〇〇円の損害賠償債権につき、被告らを相手方として訴を提起することを委任し、同会弁護士報酬規定の最低割合による報酬を目的達成時に支払う旨約したので、右約旨に従い同弁護士に対し手数料および謝金として各五九〇、〇〇〇円、合計一、一八〇、〇〇〇円を第一審判決言渡の日に支払うべき債務を負担した。

四、よつて原告は被告ら各自に対し前項(八)、(九)の合計金九、六三〇、〇〇〇円と右のうち(八)の弁護士費用を除いた金八、四五〇、〇〇〇円に対する損害発生後の昭和三七年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁に対する答弁)

一、抗弁一の自賠法第三条但書の免責事由については、訴外育男および訴外和宏にも過失があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、抗弁二の示談成立の事実は否認する。右示談は訴外川手邦夫と原告を当事者としてなされたものであり、仮りに被告らがその当事者であつたとしても、右示談契約の目的となつた保険金請求権は、被告らが損害賠償の支払をしない以上晴求し得ない性質のものであるから、不可能な事項を目的とする法律行為として無効である。

三、抗弁三の過失相殺の主張については、訴外育男および訴外和宏に過失のあつたことは認めるが、その割合は加害者たる訴外邦夫の過失が六以上であるのに対し被害者らのそれはたかだか四にすぎない。

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。

(請求の原因に対する答弁)

一、第一項の事実のうち、被告車が訴外育男および訴外和宏に接触したことが同訴外人らを死にいたらしめた原因であるとの事実は否認する。すなわち同人らの致命傷となつた頭蓋内出血は、同人ら相乗りの原告車が先行貨物自動車の車体右側部に激突しそのため同人らが路上に転倒した際に生じたもので、同人らが被告車と接触したのはその後である。その余の事実は認める。

二、第二項の事実のうち、訴外邦夫が被告会社の使用者であること、被告車が被告会社の所有であること被告政諒が被告会社の唯一の無限責任社員であることはいずれも認めるが、その余の事実は争う。訴外邦夫の運転は休日を利用して長瀞に遊びに行くためのもので、被告会社の業務とは無関係である。

三、第三項の事実のうち、損害の点はすべて争う。ただし、原告が訴外育男および訴外和宏の父であること、(八)の原告主張のとおり保険金の支払充当があつたことは認める。その余の事実は不知。

(抗弁)

一、自賠法第三条但書の免責事由の主張

(一)  被告会社および運転者訴外邦夫は被告車の運行に関し注意を怠らなかつたものである。すなわち被告会社は訴外邦夫の選任監督につき十分な注意を尽くしまた訴外邦夫には何らの過失もなく本件事故は専ら被害者らの一方的過失によつて惹起されたものである。これを詳述すれば本件事故現場は直線のアスフアルト舗装道路であるが、当時霧雨が降つて路面はぬれていたところ、訴外育男、和宏の兄弟は新たに購入した最高時速一四〇粁という高性能の原告車の遠距離試乗のため、購入先の店員である訴外栗原秋介、福島昭彦と共に埼玉県下にまで遠出し、本件事故現場附近に差しかかつたのであるが、降雨のため路面は濡れて滑りやすく、右栗原の運転する他のオートバイも事故現場近くで転倒したことがあり、訴外育男、和宏は右の事実を十分知つていたのであるから、いやしくも先行車を追越す場合はあらかじめ、先行車の右側延長線上よりやゝ右に出て前方を注視し、対向車輌の有無を確かめ、安全を確認したうえ、追越しを開始すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、先行の雪印車に漫然と追従した後、雪印車との距離が至近になるや、対向車の有無には何らの注意を払うことなく無暴にも突如として時速七、八〇粁で中央線を突破し、雪印車の追越を開始したところ、訴外邦夫運転の被告車が進行してくるのを発見し、危険を感じて急制動をかけたが降雨のためスリツプして転倒し、訴外育男、和宏の兄弟は原告車から路面に頭から投げ出され、被告車の直前に転がりこんできたものであり、一方訴外邦夫は訴外育男和宏兄弟との接触を避けるため急制動をかけるとともに、ハンドルを左に切つたのであるが、逐におよばず、被告車前面のバンパーをもつて右兄弟の身体を受けとめる結果となり、僅かに両名の身体を道路左端に押しやる結果となつたものである。

(二)  被告車には構造上の欠陥又は機能の障害は全くなかつたものである。

二、示談成立の主張

仮に右一の抗弁が認められないとしても、被告らは昭和三六年八月二二日原告と次のような示談契約を締結した。

(一)  原告に対し自動車損害賠償保障法の責任保険金の加害者請求権を移譲すること。

(二)  原告に対し、被告会社が加入している対人保険(共栄火災海上保険相互会社と保険金額七〇〇、〇〇〇円の契約をしていた)の請求権を移譲すること

(三)  右のほか本件事故に関しては如何なる事情が生じても異議の申立、訴訟など一切しないこと。

そうして、被告らは右示談契約直後、原告に対し、右(一)、(二)の請求権譲渡に必要な書類(委任状、印鑑証明書および保険証書)を引渡し、右示談による一切の履行を終了した。従つて原告の有した損害賠償債権は右示談契約により消滅しているものである。

三、過失相殺の主張

仮に右抗弁がいずれも認められないとしても、抗弁第一項(一)で述べたような訴外育男、同和宏の過失を被告らの賠償すべき損害額の算定にあたり斟酌すべきである。

(証拠)<省略>

理由

一、請求の原因第一項の事実(本件事故による訴外育男および訴外和宏の死亡)は、被告車の訴外育男、和宏との接触が同訴外人らの死亡原因となつたかどうかの点を除いては当事者間に争いがない。そこで右の接触と同訴外人らの死亡との間の因果関係の有無について判断する。

いずれも成立に争いのない甲第九号証の二ないし九、一八、二〇と証人栗原壮介、同福島昭彦、同津田利治、同南須原慶一、同川手康平(第一回)、同川手邦夫の各証言および検証の結果を総合すれば、次のような事実が認められる。

(一)  本件事故現場は北東寄居方面から南西秩父方面に通ずる二級国道上であつて、歩車道の区別なく、アスフアルト舗装された有効巾員は約六、四米でその両脇は少し低くなつて水田などが続いている。事故現場附近は直線であるが、秩父方面に向つて下り一〇〇分の二の勾配となつている。事故当時は降雨のため路面は湿潤状態であつた。

(二)  訴外邦夫は被告車を運転して寄居方面から秩父方面に向つて道路左側を時速三五粁を上廻る速度で進行しているうち、右斜前方に対向して進行してくる雪印車を発見し、同車とすれ違うことになつたが、そのまゝの速度で進行するうち、両車の距離が約四〇米となつたころ、雪印車の後方から訴外育男運転、訴外和宏同乗の原告車が雪印車を追越そうとして、同車の右側に進路をとりながら進行してくるのを発見し、彼我の距離、道路巾員などから危険を感じ急制動をかけるとともにやゝハンドルを左に切りながら事故を避けようとした。一方訴外育男らは原告車に二人乗りして秩父方面から寄居方面に向つて進行していたところ、折柄の降雨のため、帰路を急いでいたこともあつて、先行の雪印車を追越すため、対向車の有無などを充分確かめないまゝ、加速して同車の右側に進出した途端に対向してくる被告車を発見し、危険を感じて雪印車の後方に戻るべく急制動をかけたところ原告車は左側に傾いてバランスを失い、訴外育男、訴外和宏の両名ともに原告車から投げ出されて被告車の進路上に転倒し頭部を打ち動かなくなつた。原告車は惰力で訴外育男らの転倒位置から更に前方被告車寄りに約七、五米移動して停止した。右のような状況で結局被告車は訴外育男、訴外和宏の転倒位置の手前で停止することができず、先ず転倒している原告車の上を通り、更に進行して訴外育男、訴外和宏を被告車の前部バンパーでひつかけ押し出すような形になりながらしばらく進行してようやく停止した。右事故時の原告車、被告車の停止位置、訴外育男、訴外和宏の転倒位置の各距離関係は、被告車の制動開始地点から原告車の転倒停止位置までは一二米以上原告車の転倒停止位置から、訴外育男、訴外和宏の転倒停止位置まで約七、五米、訴外育男らの転倒停止位置、すなわち、同訴外人らと被告車の最初の接触位置から前記認定のような状況で同人らが移動させられ、最終的に停止した位置までは約八米である。

(三)  右認定事実によれば、訴外育男、訴外和宏は自ら転倒したとき頭部を打つているのであるから、右最初の打撃の際に頭蓋内損傷を生じたものとの推測を否み得ないものの、第二の打撃すなわち被告車との接触による衝撃の強さは前認定のように接触後なお約八米も進行したというのであるから相当強力であつたことが窺われ、かゝる事実に即して考えるときは結局訴外育男及び和宏の死亡の原因となつた頭蓋内出血は、転倒による強打と被告車との接触の双方に基くものと認めるのが相当である。してみれば被告車と同訴外人らとの接触が同人らの死亡に対し因果関係がないとはいえないこと明らかである。

二、次に被告らの責任原因について判断する。

(一)  被告会社の自賠法第三条責任

本件事故当時被告会社は訴外邦夫の雇主であり、かつ、被告車の所有者であつたことは当事者間に争いがなく、右事実と前出甲第九号証の五、七、一八、成立に争いのない甲第三〇号証に証人川手康平の証言(第一回)および被告川手政諒本人尋問の結果を総合して認められる、被告会社はリボンおよび広幅織物の販売を業とする会社で、被告政諒が無限責任社員、その他の社員も殆んど一族で構成された小資本の同族会社であり、従業員は政諒の子である訴外康平ら兄弟三人のみを数えるにすぎず、また事故当日は休日であつたが訴外康平、邦夫の兄弟は被告車に乗り川越の親戚にかねて依頼を受けていた荷物を届けた後、長瀞ヘドライブするため、訴外邦夫において被告車を運転中本件事故の発生をみるにいたつたとの事実からすると本件事故発生当時の右邦夫による被告車の運行は客観的外形的には被告会社のためにする運行と認めるのが相当であるから、被告会社は自賠法第三条本文の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告政諒の自賠法第三条責任

原告は被告政諒も被告車の運行供用者である旨主張し、被告政諒が被告会社の唯一の無限責任社員であることは当事者間に争いがないが、同人自身が被告車について使用権限を有することについては何等の主張立証もなく、また事故当時の被告車の運行も前示(一)にみられるような経緯に基くものである以上同人について民法第七一五条第二項にいわめる代理監督者責任を問う余地はあるにしても、未だ被告政諒個人を目して本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していた者とは認め難いから、原告の被告政諒に対する本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がなく、棄却を免れない。

(自賠法第三条但書の免責事由の主張に対する判断)

被告会社は自賠法第三条但書の免責事由を主張するが、およそ自動車運転者たる者は、降雨によつて濡れた路上で対向車とすれ違う場合は、対向車に後続する車輌の動向が確認できないこともあるから、道路巾員などにも深く思いを致し適宜に減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるというべきところ、一で認定した事実によれば、訴外邦夫が原告車を発見して急制動をかけ、スリツプ痕を残しはじめた地点から最終的に被告車を停止させた地点までは実に二七、五米もありこれにいわゆる空定距離を加えると三〇米余の制動距離を要したものというべく、(乾燥路面であれば当然制動装置の保安規準に照らし制動装置の欠陥が疑われるところである)この点からして、訴外邦夫が降雨のため滑りやすい路面上で対向車とすれ違う前記自動車運転者として遵守すべき減速、徐行義務を十分尽くしたものとは到底認め得ない。もし訴外邦夫が対向車輛の存在、路面状況を考慮しいま少し減速して進行していたならば、訴外育男らの転倒位置より手前で停止でき本件事故の発生をみるにいたらなかつたことはみやすいところで、少なくとも同人にこの点の過失があると断ぜざるを得ない。同人に右のような過失が認められる以上、被告会社の免責事由の抗弁はその余の判断を俟つまでもなく理由がないといわなければならない。

(示談成立の抗弁についての判断)

いずれも成立に争いのない乙第一号証、甲第三、第五、第六号証に被告名下の印影の成立について争がないから全部真正に成立したものと認める同第四号証および証人岡本義雄、同川手康平(第二回)の各証言、被告川手政諒、原告保坂陽一の各本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば次のような事実が認められる。

(一) 本件事故後、原告は主として訴外岡本義雄を介し、また被告側は主として訴外川手康平を介して本件事故について示談の交渉を進めたところ、被告主張の日に至つてその主張のような趣旨を記載して示談書と題する書面が第一当事者側として保坂陽一の、第二当事者側として川手邦夫父川手政諒の名義により作成されたこと、右のような書面が作成されるに至つたのは、被告車に関して死亡一名についての限度額を五〇万円とする自賠法に基く責任保険のほか、保険金額を七〇万円とする任意保険が締結されていたので原告側としては被告会社から右保険金請求権を譲り受けて合計一七〇万円の支払を受けられるならそれ以上被告会社に賠償請求をしなくてもよいと考え、また被告側としても保険金以上の支出を要せず示談となれば、訴外邦夫の刑事上の責任に関して有利になることでもあるので右のような趣旨で示談してもよいと考えるに至つたものであること、右示談書の作成と同時に被告側から被告政諒名義の委任状、印鑑証明及び対人責任保険金額を七〇万円として、保険契約者及び被保険者を被告会社とする(任意)保険証券各一通が原告側に手交されたこと及び右示談の席上において被告側としては出来る丈保険金が多くとれるように協力する旨述べたこと

(二) 右任意保険契約においては、保険会社は被保険者が法律上の損害賠償義務に基いてこれを賠償したときにはじめてその四分の三の金額を保険金の限度内で支払う約定であること、保険契約者、被保険者又はこれらの者の代理人は予め保険会社の同意を得ないで第三者に対し損害賠償義務の全部又は一部を承認してはならず、もしこれに違反した場合は保険会社において賠償の義務がないと認めた部分についてはてん補の責に任じないとされていること及びその他免責の特約が存すること

(三)  しかしながら当事者はいずれも保険に関しては無知であつたため、前記のような書類があれば当然に保険金の支払が受けられるものと考え、当事者間で最大の関心事である筈の一七〇万円の支払が確実であるかどうかを保険会社に問合わせるなどのことは全くなされず、保険金請求に関する具体的な手続については、前記(一)に認定した事実のほかは何らの合意もなかつたこと。

ところでおよそ法律行為の成否を判断するに当つては、当該の法律行為によつて当事者が達成しようとした社会的目的に従い、当事者の意思を合理的客観的に考察して右目的の実現に助力を与えるように務めるべきであり、前記(一)に認定した事実によるとあたかも本件事故に関して示談契約が成立したかの如き観を呈するが、前記(二)に認定した事実によると、保険会社は、被保険者が法律上の損害賠償義務に基いてこれを賠償したときはじめて保険金の支払をなすのであるから、原告が被告会社から保険金請求権を譲り受けても、被告会社がまず損害の賠償をするか、その当否はさておき当事者間で支払を仮装するか或は現実の賠償を省略するについて保険会社の承諾を得るかしなければ、右の請求権を行使するに由ないものであるにも拘らず、この点について何らの合意もなかつたことは前認定のとおりであるのみならず、さらに前記(二)に認定した事実によると、保険契約者、被保険者又はこれらの者の代理人は、予め保険会社の同意を得ないで第三者に対し損害賠償義務の全部又は一部を承認してはならず、もしこれに違反した場合は、保険会社において賠償の義務がないと認めた部分についてはてん補の責に任じないとされているほか免責の特約も存することであるから、前記の問題が解決されても、右の約定に基き保険金の全部又は一部が支払われない場合のあることは充分予想されることであるにも拘らず、前記(一)認定の事実からは、全部又は一部が支払われなかつた場合にその不足額を被告側において負担する趣旨とは解し得られず、又現実に支払われる額の如何を問わず特に全く支払がなかつた場合でも一切を解決する趣旨とも解し難い。

これを要するに、被告らの主張する示談契約は、契約当事者の点はしばらく措くとしてもその内容が著しく不明確であり、ついにこれを確定することができないから、未だ成立するに至らなかつたものと断せざるを得ない。

三、そこで本件事故によつて生じた損害について判断する。

(一)  訴外育男の得べかりし利益の喪失による損害

いずれも成立に争いのない甲第一九号証、第三一号証、原告保坂陽一の尋問の結果によつていずれも真正に成立したと認められる甲第二四号証、第二八号証、第二九号証、第三二号証、第三三号証に原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すれば、訴外育男は昭和一三年一二月一四日生れの男子で健康に恵まれ、昭和三三年三月高校卒業後本件事故で死亡するまで、父である原告の経営する保陽堂医療器株式会社(資本金五〇万円、年間売上高二、八〇〇万ないし三、〇〇〇万円、従業員三、四名)で稼働し、月額一二、〇〇〇円の給与を得ていたこと、訴外育男と同額の給与を得ていた従業員は昭和三七年一月には一四、〇〇〇円に、昭和三八年一月には一八、〇〇〇円に、昭和三九年一月には二〇、〇〇〇円に昇給していること、従業員のうち現在までの支給給与最高額は二五、〇〇〇円であること、訴外育男の兄進一(昭和一〇年一〇月二五日生大学卒)は昭和三五年以来取締役となつているが、同人の給与は昭和三六年一月が一六、〇〇〇円であつたところ、昭和三七年一月には二〇、〇〇〇円、昭和三八年一月には二五、〇〇〇円、同三九年一月には三〇、〇〇〇円、同年一二月には四〇、〇〇〇円となつていること、代表取締役である原告陽一の給与は昭和三六年から同三七年末までは月額五〇、〇〇〇円、同三八年以後は月額六〇、〇〇〇円となつていること、原告陽一以外の従業員に対しては夏期と年末にほゞ給与月額の一ケ月分相当の賞与が支給されていること、会社には定年制はないことなどの事実が認められ、右認定事実によれば、訴外育男は本件事故に遭遇しなければ、なお四六年間(第一〇回生命表による)は生存でき、そのうち昭和三七年一月から三七年間は父の会社で稼働し、最初の一年間は、月額一二、〇〇〇円の、次の一年間は月額一八、〇〇〇円の、次の年度は月額二〇、〇〇〇円の、次の年度からは月額が四〇、〇〇〇円に達するまでは逐次毎年月額一、〇〇〇円宛昇給した額の、月額が四〇、〇〇〇円に達した後は引続きその額と同額の給与の支払を受けかつ毎年七月と一二月に給与月額の各一ケ月分相当の賞与を得られるものと推認するのが相当である。原告は育男の将来の収入として右給与月額が四〇、〇〇〇円に達した後もなお毎年一、〇〇〇円の昇給による増額を主張するが、前示のとおり会社の規模は小さく、始んど個人経営に近く、明確な賃金規程などの立証の存しない以上、現在における従業員としての最高給与支給額四〇、〇〇〇円(兄進一の分)を上廻る収入を同人が将来得る蓋然性は乏しいものといわざるを得ない。

次に訴外育男が右認定の収入を得るに必要な生活費について検討すると、前出甲第一九号証と原告本人尋問の結果によれば、本件事故当時、原告の家族構成は父原告と訴外育男および訴外和宏を含むその予供達六名の七名であつたが、衣食の生活費として一人当り月額五、〇〇〇円前後、昭和四〇年二月頃は月額六、五〇〇円程度を要していたことが認められるところ、人は適令に達すれば通常結婚して子供をもうけるものであり、男子の初婚平均年令は二七才余で、夫婦間に生れる子供数の平均は二名程度であることは当裁判所に顕著であるから、訴外育男も概ね二七才位まで独身で生活した後、結婚し、やがて子供を二人程度もうけ、前記認定の稼働期間を通じて自己の収入で自己および家族の生活をまかなつていくものと推認できる。

ところで原告は東京都総務局統計部経済統計課編集発行の「東京都標準世帯家計調査報告」の昭和三八年一月ないし一二月号に発表されている東京都標準世帯実収入階級別一世帯当り生計支出額を世帯人員数で除した一人当りの均分額をもつて育男の前記収入額に相応する生活費と自認するところ、右額が前記認定の収入額に対する割合を検すると独身時代は約八割から約五、五割を占め、結婚適令期後は約五、三割から順次減じて三割弱にあたるものとされているのであつて、この事実に前記認定の原告家族の家計状況および当裁判所に顕著な責任保険金の査定にあたり用いられる消費単位指数を併せ考慮するときは、原告が前認定の収入に対応して主張する育男の生活費の額はいずれも相当な額と認められるので、同人の収入より控除すべき生活費として右主張額を採用する。

そして右認定の収入額から生活費を控除した残額が訴外育男の得べかりし純益額というべきであるから、各年度のそれについて損害発生時の一時払額に換算するためホフマン式計算方法に従い、年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除しこれを合算すると別紙第三表のとおり金五、四八七、八四三円となること計数上明らかで、従つて訴外育男は本件事故により右額と同額の得べかりし利益の喪失による損害を蒙つたものというベきである。

(二)  訴外和宏の得べかりし利益の喪失による損害

前出甲第一九号証、成立に争いのない甲第二二、第二三号証と原告本人尋問の結果を総合すれば、訴外和宏は昭和一九年三月六日生れの男子であつて、事故当時の健康状態は良好で、昭和三六年四月八日から東京工業高等学校に進学することが決定しており、父である原告は将来和宏もまた兄達と同様、父が代表者である前記会社の仕事に従事させたいと希望していたことなどの事実が認められ、右認定事実によれば、訴外和宏は本件事故に遭遇しなければ、なお五一年間(第一〇回生命表による)は生存でき、そのうち、高校卒業後の昭和三九年四月から四〇年間は右会社で稼働し収入を得られるものと推認するのが相当である。そうして右稼働期間中の収入額は、(一)で認定したような会社の規模、給与支給状況と訴外和宏の立場を考えると、初任給は一三、〇〇〇円、以後給与月額が四〇、〇〇〇円に達するまでは毎年一、〇〇〇円づゝ昇給するその給与と昭和三九年一二月を第一回とし毎年七月と一二月に給与月額の各一ケ月分相当の賞与が得られるものと推認できる。給与月額が四〇、〇〇〇円に達した後の昇給を認め難い理由は訴外育男におけると同様である。

次に訴外和宏が右認定の収入を得るにつき必要な生活費については訴外育男において認定したと同じ理由で原告の主張する生活費の額を相当として採用する。なお、原告は訴外和宏が稼働を開始するまでの生活費をも収入額から控除するけれども、右生活費は、訴外和宏が収入を得るにつき必要な支出とはいえないからこれを控除しない。

右認定の収入額から生活費を控除した残額が訴外和宏の得べかりし純益額というべきであるから、各年度のそれについて損害発生時の一時払額に換算するためホフマン式計算方法に従い、年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除しこれを合算すると別紙第四表のとおり金四、六一七、〇一五円となること計算上明らかで、従つて訴外和宏は本件事故により右額と同額の得べかりし利益の喪失による損害を蒙つたものというべきである。

(三)  葬儀費用

いずれも成立に争いのない甲第二一号証の一ないし八、一〇ないし、一二、一五、一七の一、二、一八、原告本人尋問の結果によつていずれも真正に成立したと認められる甲第二一号証の九、一三、一四、一六と右尋問の結果を総合すれば、原告はその子訴外育男、同和宏の葬儀関係費用として左記明細のとおり金一五二、一〇八円を支出したことが認められるから原告は本件事故により右同額の損害を蒙つたというべきである。

葬儀費用明細

支払年月日 費目 金額

36・4・3 火葬料、容器料    一三、七〇〇円

36・4・3 葬祭場休憩料        六二五

36・4・3 葬儀接待料理飲食代  二四、二〇八

36・4・3 葬儀関係はがき、切手代 三、六五〇

36・4・3 葬儀接待タバコ代    一、〇〇〇

36・4・3 葬儀接待果物菓子代   三、二四〇

36・4・4 葬儀接待弁当代     五、〇〇〇

36・4・4 葬儀設備代       四、七五〇

36・4・5 葬儀設備費、葬儀通知礼状用はがき代、火葬場関係費

六七、〇二五

36・4・21 志納、布施料    二五、〇〇〇

36・5・14 まんじゆう代     三、九一〇

合計  一五二、一〇八円

(過失相殺の主張に対する判断)

被告会社は仮定的に過失相殺を主張し、原告は自ら訴外育男らの過失を認め、その割合は訴外邦夫の過失が六以上であるに対し訴外育男らのそれは四以下であるとして被告会社の賠償すべき損害額を主張するが、過失相殺の判断は裁判所の裁量に属し、もとより当事者の主張に拘束されるものではない。ところで自動車の運転者ないしはその補助をなす者が先行車を追越すときは、対向車の有無を確かめ、安全に追越しができることを確認したうえ追越しを開始すべき注意義務を負うものであることはいうまでもなく特に右自動車が二輪車で降雨のため路面が濡れているような場合は殊のほか危険であるから追越しそれ自体にも慎重な配慮をなすべき注意義務があるというべきところ、第一項認定の事実によれば訴外育男、和宏はこれを怠り、ついに対向車の進路上に転倒のやむなきにいたつたもので、同人等のかゝる著しい過失が本件事故発生の重大な原因となつたことは極めて明らかである。そして成立に争のない甲第九号証の三、四および証人栗原壮介、福島昭彦の証言によれば、当日オートバイに乗つて同行した右栗原も事故現場直前でスリツプして路上に転倒し、このことを育男、和宏らは了知していたことが認められるのであるから、同人らとしては一段と注意を厳にすべきであつたにもかゝわらず事こゝに出でなかつた同人等の前記過失は甚だ重大であり当然損害賠償額の算定にあたりこれを斟酌すべきである。

よつて右過失を斟酌するときは被告会社に賠償させるべき損害の範囲としては前記(一)のうち五五〇、〇〇〇円、(二)のうち四五〇、〇〇〇円、(三)のうち一〇〇、〇〇〇円と定めるのが相当である。

(四)  慰藉料

訴外育男および訴外和宏は夢多い人生を残し、若くして一命を失つたものであり、その精神的苦痛は甚大であろうことは想像に難くないし、原告も同時に二人の春秋に富む子を失い、同人らに託した希望も奪われてしまつたのであるからその精神的苦痛は多大であろうと思われる。しかしながら既に認定したような訴外育男および訴外和宏の過失も事故発生の重大な原因となつていることなど諸般の事情を斟酌すれば、訴外育男および訴外和宏の慰藉料は各二〇〇、〇〇〇円、原告の慰藉料は二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(五)  相続および保険金の受領

原告が訴外育男および訴外和宏の父であることは当事者間に争いがなく、前出甲第一九号証と原告本人尋問の結果によれば、同訴外人らの相続人は原告のみであると認められるから、原告は同訴外人らの死亡により、その損害賠償債権合計一、四〇〇、〇〇〇円を相続により取得したと認められるところ、自賠法による責任保険金六三〇、〇〇〇円の支払を受け、これを折半して、その相続にかゝる訴外育男および訴外和宏の各得べかりし利益の喪失による損害額に充当したことは当事者間に争いがないから、前記の損害賠償債権残額は七七〇、〇〇〇円となる。

(六)  弁護士費用

成立に争いのない甲第三四号証と原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば原告訴訟代理人に対し、原告主張のとおりの訴訟委任に基く報酬契約が締結されたことが認められるところ、およそ交通事故の被害者が、賠償義務者から任意にその履行を受けられない場合、権利実現のためには訴を提起することを要し、そのためには弁護士に訴訟委任するのが通常であるから、これに要する弁護士費用も事案の難易、請求額、認容額など諸般の事情を斟酌し相当と認められる額は右交通事故と相当因果関係に立つ損害と解するべきであり、これを本件についてみると、被告会社に賠償させるべき弁護士費用の額は、手数料および謝金各七五、〇〇〇円合計一五〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

四、以上の次第であるから原告の被告会社に対する本訴請求は前項に認定判示した現存する損害賠償債権合計一、二二〇、〇〇〇円および右金員のうち(六)を除く一、〇七〇、〇〇〇円に対する損害発生の後であること明らかな昭和三七年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余の部分および被告川手政諒に対する請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 茅沼英一 梶本俊明)

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